本と生活

増田薫 『いつか中華屋でチャーハンを』編集後記(日向コイケ)

 

あなたは中華料理屋で「オムライス」を頼んだことはあるだろうか?

 

もしなければ、ぜひ一度騙されたと思って試してみてほしい。

 

中華鍋で香ばしく炒められたチキンライス、バター代わりのラードが香る薄焼きの卵。中華どんぶりに盛られたそれを見た時の感動は、未だに忘れることができない。

 

「中華料理」と「オムライス」。見慣れていたはずのふたつがかけ合わさったことの発見と興奮。そんな中華料理の奥深さを知ったのは、この連載がきっかけだった。

 

***

 

「いつか中華屋でチャーハンを」(以下「いつチャー」)は、どこでも地元メディア『ジモコロ』で2019年の8月から全12回にわたって連載された中華グルメ漫画だ。

 

作者である増田薫が全国各地に趣き、その土地の中華料理屋でひたすらに飯を食う。行く先々で彼を待ち構えているのは「酸菜」や「ダル麺」「シチュー」など、どれも中華屋ではあまり聞き慣れない一風変わったメニューばかりだ。そんな「定番メニューから一歩外れた中華料理」の魅力を世に知らせ続けた。

 

本作品は増田薫の(商業メディアにおける)漫画デビュー作であると同時に、私が人生で初めて「編集者」として関わった作品でもある。

 

今回スタンド・ブックスさんの粋な計らいで編集後記を執筆する運びとなったため、せっかくならばこの漫画が生まれた経緯について綴りたい。

 

増田薫『いつか中華屋でチャーハンを』(スタンド・ブックス)
2020年12月11日発売 本体:1,600円(税別)
ISBN:978-4-909048-10-3 C0095 

 

きっかけは「こんがり戦士 お肉マン」

 

増田さんと初めて出会ったのは、たしか2015年に開催されたイベント「下北沢インディーファンクラブ」だったと思う。

 

当時から増田さんが所属するソウルバンド「思い出野郎Aチーム」の大ファンだった私は、ライブがあれば頻繁に足を運び、そうこうしているうちにたまの頻度で飲む関係性となっていた(ちなみに増田さんと私は多摩美の先輩後輩という関係でもある)。

 

そこから時は流れ、2020年の7月、私は「Huuuu」という編集プロダクションに転職し、その手はじめとしてジモコロでいくつかの企画枠を任されることとなった。

 

しかし、まだウェブメディア業界にきたばかりだった私は、ライターや漫画家へのアテがあまりなく、まずは自分の身近にいる人に声をかけることにした。

 

そんな中、ぱっと脳裏に思い浮かんだのが、この作品だ。

 

 

「ゆけ!こんがり戦士 お肉マン」と題したこの作品は、2016年に「思い出野郎Aチーム」が発刊したZINE『ソウルピクニックマガジン』に収録されたショートギャグ漫画だ。

 

この作品の主人公である「お肉マン」は、自身の肉汁をスタミナの足りない若者に浴びせ、元気にすることを使命としている。しかしある時、ふとしたことがきっかけで自身が高級肉ではなく、ただのカス肉であることに気づいてしまう。そんな彼をみかねて自分の鍋に入ってくれと懇願する某牛丼チェーンのナベたち。だが自身の境遇を認めることのできないお肉マンは、彼らを置いて去っていく……。

 

こうしてあらすじを書くとかなり意味不明な内容だが、当時の私はこの漫画を読み返して「いける」と確信した。

 

というのも、いつチャーが始まる以前から増田さんは、中華屋で食べたさまざまなオムライスの記録や、「スタミナ」という概念について検証した記事を書いていて、そのメジャーすぎず、マニアックすぎない絶妙な着眼点と、半ば狂気を感じるほどの検証への熱量には、眼を見張るものがあった(前述のスタミナ記事においては、2年で15キロの体重増という代償を負いながら、100品以上のスタミナ料理を食べきったというから驚きだ。もはや気が狂ってるとしか思えない)。

 

そして「美大を卒業してるから多分絵もうまい」という、美大出身者が一度は経験したことのある超偏見も相まって、増田さんが本気で描いたグルメ漫画を読んでみたいと私は考えたのだった。

 

さっそく増田さんにその旨を伝えると、返事は快諾。トントン拍子で事は運び、早速具体的な連載に向けて、会社の上司である友光だんごさんも交えた3人で打ち合わせをすることになった。

 

 

はじまりは渋谷での路上飲酒。

 

初めての打ち合わせで指定した場所は渋谷のとある喫茶店。
電車の遅延で20分ほど遅れて待ち合わせ場所に着くと、先に到着していた増田さんが薄暗い店内の待合席にぽつんと座っていた。

 

挨拶もそこそこに店内に向かうとあいにく席が満席で、且つ思った以上に女性客が目立つ。髭面の男3人には場違いすぎるということで、喫茶店に入るのを諦めて近くの公園に行くことになった。

 

道中、コンビニに寄って当たり前のように酒を買う増田さん。それに釣られてこちらも酒を買い、目的地に到着するやいなや、園内の縁石に腰掛けて乾杯をする。

 

誰がどう見てもこれから仕事の話をするようには見えないが、逆にこの感じが増田さんっぽいなとも思った。私は手元のお茶割りをグビグビ飲みながら、改めて漫画の執筆について説明した。

 

「漫画、描けますかね?」

「うん、多分描けると思う」

「増田さん以前から中華料理の記事を書いてましたよね。テーマは『中華』がいいと思うんです」

「おっけー。今大阪で気になってるカツ丼があるんだよね」

「取材はお任せすることになりそうなんですが」

「んー、まぁ頑張ってみるわ」

 

そういった感じで、ざっくばらんに話して打ち合わせは終了。増田さんは漫画依頼に気分をよくしたのか、帰り際にコンビニで追加のお酒を購入し、そのまま渋谷の雑踏に消えていった。

 

打ち上げの最後は、大抵路上に行き着いた。増田さん(向かって左)と筆者

 

 

まさかの書籍化オファー

 

こうして渋谷での路上飲酒とともにスタートした本作だが、初めのうちは本当にちゃんと漫画が完成するのだろうかと多少の心配はあった。

 

なにしろお互いほぼ初めての漫画執筆と漫画編集。とりあえず私は家にあった藤子不二雄A先生の「まんが道」を読み返し、自分にやれることはすべてやろうと万全の体制を整えていた。が、そんな不安も1話目のラフを読んだ瞬間、すべて杞憂だったことがわかった。

 

簡単なコマ割とセリフで構成されたラフはもうその時点で十分面白く、参考にと添付された料理のイラストは、100円ショップの絵の具で着彩されているとは思えないほど鮮やかで、とてもおいしそうだった。

 

これはひょっとしたらひょっとするんじゃないか、という淡い希望を抱えて公開した1話は初回からスマッシュヒット。続く「酸菜」の回も予想以上の反響をいただき、2話目にしてなんと書籍化の声がかかった。

 

予想だにしない突然のオファーにふたりで喜ぶものの、よくよく話を聞いてみると、書籍化をするために、最低限現状の連載ページ数を保ってほしいという。

 

実は2話が公開する直前、当初予定していたページ数を大幅に超えていたため、次回からは少しだけボリュームを減らそうと増田さんと話していたのだった。だが、書籍化の声がかかった以上はもうあとに引けない。

 

こうして、毎月の〆切との戦いがはじまった。

 

 

難しいことはマジでわからない

 

月のはじめになると増田さんは、先人が残していった古(いにしえ)のブログと食べログを頼りに、取材ネタを掘り出していく。

 

今でこそインターネットを使えば色々な情報を検索できるとはいえ、実際にはその場に足を運んでみないとわからないことばかりだ。取材はほぼすべてが現地での体当たり調査だった(そもそもアポを入れて取材できるようなテーマでもなかった)。

 

時には5時間以上歩いて中華を食べまくるバイタリティに恐怖すら感じることもあったが、取材への妥協を一切しないストイックさと、「話を聞くならまずは飯を食べてからだ」というお店への誠実さがあったからこそ、これだけ愛の溢れた作品が生まれたのだろうとも思う。

 

個人的に印象的だった回は、九州では古くから伝わるあんかけチャンポン麺、通称「ダル麺」を取り上げた3話

 

その独特な呼び名の由来を辿っていくと、北京のあんかけラーメン「大滷麺(ダアルウメン)」が源流にあるという。しかし、一体なぜ九州という土地で「中華丼」が「大滷麺」と「チャンポン」に出会い、「ダル麺」へと成っていったのか。固唾を飲んだ先にでた答えは……。

 

そう、難しいことはマジでわからない。

 

この頃、ライターとしても記事を書くようになっていた私は、このシーンを読んで頭をガツンと叩かれた気分になったのを覚えている。

 

世の中がご都合主義的なムードになり、SNSで誰かが言った言葉を切り取っていれば、とりあえずそれっぽく見せられる中、「わからない」と言い切る潔さ。

 

もしこの世をわかりきっていたら、勉強をする必要なんてないし、5時間歩いて中華を食べ続ける必要もないし、こんな漫画も生まれてこない。

 

しかし、人は「わからない」からこそ求め、探し、食べるのだ(ちなみにダルメンの謎は、書籍に収録された「後記」で解き明かされてます)。

 

その後も回を重ねるごとに面白さは増していき、広島の「つゆだく天津飯」の餡が多い理由や、神戸のご当地メニュー「シチュー」の名前の謎を解き明かすなど、歴史探訪的な要素も含んだ内容で、一躍『ジモコロ』の人気作品となっていた。

 

時には〆切直前になっても原稿が上がってこず、しびれを切らして電話をかけると増田さんの携帯が料金未払いで止まっていた、なんてトラブルもありながら、全12回の連載を一度も落とすことなく、なんとか無事最終回を迎えることができた。

 

 

いつだって中華屋でチャーハンを

そんなこんなで、私にとっての初編集担当「いつか中華屋でチャーハン」は、ジモコロとしても初の書籍作品になり、とても感慨深い作品となった。ぜひお手にとってもらい、3冊は買っていただきたい。

 

そして最後にひとつ言うならば、この作品のタイトルは「いつか中華屋でチャーハンを」であるが、もしあなたがこの漫画を読んで中華を食べたくなったら、ぜひ「いつか」とは思わず、気の向いた時に足を運んでほしい。

 

昔から通い親しんだあの味も、雑誌で見かけて気になっていたあのお店も、「いつか、いつか」と言ってるうちに、もう二度と食べられなくなる時が来るかもしれない。そうなる前に、ぜひ自分の足で、目で、舌で、忘れられない一品を探し求めていただけたらと思う。

 

中にはこの本を読んで、チャーハンのような定番料理も食べたいけれど、少しマニアックなメニューも食べたいと思う人もいるかも知れない。

 

だが幸いなことに、チャーハンはどんなおかずとも合う。ぜひどちらかひとつと迷わず、どちらも欲張っていただきたい。なんならチャーハンを主食にオムライスを頼んだっていいだろう。

 

もしもカロリーが気になるなら、5時間歩けば問題ないはずだ。

 

 

文・写真(提供)=日向コイケ(Huuuu)

 

 

 

日向コイケ(ヒュウガ・コイケ) @hygkik
1992年生まれ、Huuuu inc.所属。 好きなものはカツ丼と銭湯。四畳半の風呂なし物件で快適に暮らす方法を実験中。

 

 

【書誌情報】

増田薫著『いつか中華屋でチャーハンを』
発行:スタンド・ブックス
2020年12月11日発売 本体:1,600円(税別)
ISBN:978-4-909048-10-3 C0095 
四六変形判並製 256ページ

カバーをめくると表紙には著者の父・増田祐司さんの姿が(著者自装)

 

増田薫『いつか中華屋でチャーハンを』

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