本と生活

Author Archives: moriyama

  • 寺尾紗穂『天使日記』に関するお知らせ

    2022年01月17日

    『天使日記』(初版)に収録されている「福岡 降り止まぬ雨」(p237)について、2018年高知新聞連載当時、文章に登場する「彼女」にいただいた修正を反映させた最終版を収録すべきところを、著者の不注意により修正前の文章が載る形となりました。深くお詫びすると共に、ここに正しい全文を読める形として提示させていただきます。

     

     

    福岡 降り止まぬ雨(修正版)

     

     先日ある大学で4日間の集中講義をした。外部からの受講生のなかに、私がその土地でライブをするとき、必ず来てくれては終わったあと、直接感想を伝えてくれる人がいた。彼女は研究者でもあって、いくつかの大学で授業を持っているということを授業最初の全員の自己紹介のとき知った。参加メンバーは授業中何か感じたことがあると、それぞれよく発言してくれたが、彼女のある発言は印象的だった。それは「自分が人をさばくような物言いを、知らずにしていないか」よく考える、ということだった。

     

     授業後、彼女とゆっくりお茶をしたときも、彼女はまた「人をさばくような物言いを知らずにしていないか」ということに触れた。私は思慮深い印象の彼女が、なぜそのことを気にし続けるのか不思議な気がした。すると彼女は大学時代に自分が経験したことを丁寧に話してくれた。

     

     それは学生時代教授からセクハラを受けた話だった。彼女以外にも多くの被害者が出ていた。別の教授に相談したが、かんばしい反応は得られなかった。その後も、セクハラ教授の加害は続いていたのだろう、卒業後、彼女に当時の被害について証言してほしいという依頼が、かつて相談した教授から来た。彼女のみならず、卒業生の被害の声をまとめてほしいという。会ったこともない人に連絡し、今になってかさぶたを剥ぐようなことをしていいのか。彼女は悩んだが、現役の学生からも頼まれ、在学中にセクハラ問題を放置してしまったという自責の念もあり、仕事を引き受けたという。

     

     聞き取りを始めると、大学の前を通るだけで震えが止まらなくなるなど、深刻なトラウマになっている者もいた。集まった声は100を超え、男子学生もパワハラを受けていた。泣き寝入りするしかなかった一人ひとりの声をまとめるなかで、教員と共闘できない部分に気づき、その後は学生と卒業生たちで弁護士を依頼した。最悪と言っていい事態を覆すには闘いしかなかった。報復の恐れがあるなか、学生とともに卒業生も申立人となった。しかし、彼女は訴えを進めながら、そこで生まれる言葉に息苦しさを感じることもあったという。日常の言葉と違い、申立てに意味の揺らぎは許されない。正しさを要求する、隙のない鎧のような言葉が必要だった。

     

     話を聞いて、ふと思い出したのは、宮沢賢治「雨ニモマケズ」の「北ニケンカヤソショウガアレバ ツマラナイカラヤメロトイイ」という部分だ。何が「ツマラナイ」か。それは負けて時間やお金の浪費になるかもしれない、という意味以上に、大切なものを失う、という意味のように感じた。声を上げる手段として、訴訟が重要なことは勿論だ。それでもなお、訴訟により失うものがあるとすれば、それは「自分が正しい」という、極めてはっきりとした「迷いのない主張」を声高に伝えなければならない、ということではないか。「事実」というのは人によって違う。人の心も本当は揺れ動いている。しかし申立ての場は、対処を求めて「被害の事実」に焦点を当てる。あいまいさはご法度だ。必然的に、加害者像は固定され、他の面は見えなくなる。彼女はそこで発しなければならない言葉の限界に気づいてしまった。繊細すぎると笑う人もいるだろう。正義は正義、という声も聞こえてきそうだ。それでもなお、私は彼女が躊躇する「人をさばくような物言い」への違和感を心に持っていたい、と思う。「迷いのない主張」は、対話からはてしなく遠いところにあるようにも思うからだ。偉そうなことを書いても私も心当たりがある。日々の暮らしのなかで、怒りに任せて発したり書いたりした言葉たち。しかし現実も、人間も、本当はもう少し複雑であること、訴訟の道を選ぶにしても、私たちには「別の道」も残されているかもしれないことを忘れたくない。

     

     羽田行きの飛行機に乗る前、オウム真理教の麻原彰晃を含む幹部ら7人の処刑を知った。大きな事件のあとはたくさんの「罪人」が死刑になる。大逆事件しかり、A級戦犯しかり。しかし、その強制的な「償い」を前に、私たちは何を手に入れたのだろう。どんな叡智を?すばらしい教訓を? 死刑を伝えるヤフーニュースのコメント欄には匿名で「人をさばく言葉」がどこまでも続いていた。

     

     ニュースは日本各地での水の氾濫を伝えていた。何の関連もなかろうが、神がいるとすれば、どのように今日の日本を眺めているか、と思った。雨降り止まぬなか、ふとランディ・ニューマンが皮肉をこめて書いた“I Think It’s Going To Rain Today”という歌を思い出す。「Human kindness is overflowing and I think it’s going to rain today.(人類の善意があふれて今日は雨になりそうだ)」というフレーズがいつまでも頭の中で鳴りやまなかった。

     

    ※申立ては、被害事実をハラスメント調査委員会に報告して対応を求めるシステムであり、被害者が裁くものではないことを付記する。彼女たちの申立ては大学に自浄機能が失われていることも問うものだった。

     

     

    【初版正誤表】

    p130 誤:「モンゴル武者修行ツアー」 正:「モンゴル武者修行」

    p317 誤:林宣彦監督 正:大林宣彦監督

     

パリッコ/スズキナオ『のみタイム 1杯目 家飲みを楽しむ100のアイデア』

『のみタイム 1杯目 家飲みを楽しむ100のアイデア』

パリッコ/スズキナオ編著

2020年8月5日発売

1,650円(本体1,500円)

こんな状況でも、楽しい酒の飲み方はあるはず。

若手飲酒シーンを牽引する人気ライターのパリッコ(『酒場っ子』)とスズキナオ(『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』)が編集、執筆を務める飲酒と生活の本『のみタイム』をはじめます。お酒と一緒に、とにかく楽しく、何からも自由に、小さくも確かで幸せな時間、風景の中にある本を目指して。

1杯目は100頁以上にわたり「家飲みを楽しむ100のアイデア」について考えました。日常を楽しくする、使えるアイデアが満載!

豪華執筆陣は、ラズウェル細木(『酒のほそ道』)、夢眠ねむ(「夢眠書店」)、清野とおる(『東京都北区赤羽』)、今野亜美(「スナック亜美」)、平民金子(『ごろごろ、神戸』)、香山哲(『ベルリンうわの空』)、イーピャオ(『とんかつDJアゲ太郎』)、METEOR(ラッパー)他!

 

 

とにかく酒が好きということは、よりはっきりしました。

 

 

 

 

パリッコ/スズキナオ(編著)

『のみタイム 1杯目 家飲みを楽しむ100のアイデア』

発行:スタンド・ブックス

ISBN:978-4-909048-09-7 C0095

A5変形判 並装 132p

カバーイラスト:石山さやか

ロゴ:スケラッコ

デザイン:戸塚泰雄(nu)

 

 

 

【目次】

 

家飲みを楽しむ100のアイデア 

パリッコ/スズキナオ/泡☆盛子/古賀及子/たけしげみゆき/玉置標本/山琴ヤマコ

まえがき こんな状況でも、楽しい酒の飲み方はあるはず

1〜100 のアイデア

あとがき とにかく酒が好きということは、よりはっきりしました 

ラズウェル細木 酒場の隅隅 唐辛子&山椒の容器 

夢眠ねむ 夢眠ねむのミニ缶日和 最近ハマっている「チメク」で飲もう! 

清野とおる 「アレ」でコロナに勝った(気がした)話 

今野亜美    これ飲んだら本気出す。 最強のテイクアウト飲み。豚の珍味で一杯。 

香山哲 将来の集落 その6割は水 

平民金子 東出町の魯山人 平民金子味道 「サッ」と「ポロ一番」 

イーピャオ 豆記事アソートパック 

メテオ 僕の腸 

 

1杯目CONTRIBUTOR 

 

 

【編著者紹介】

パリッコ(編著)

1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家/イラストレーター、DJ/トラックメイカー、他。酒好きが高じ、2000年代後半よりお酒と酒場に関する記事の執筆を始める。著書に『酒場っ子』(スタンド・ブックス)『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』(光文社新書)『ほろ酔い!物産館ツアーズ』(ヤングキングコミックス)『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、スズキナオ氏との共著に『酒の穴』(シカク出版)『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)『“よむ”お酒』(イースト・プレス)など。

 

スズキナオ(編著)

1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。WEBサイト『デイリーポータルZ』『メシ通』などを中心に執筆中。テクノバンド「チミドロ」のメンバーで、大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』(スタンド・ブックス)、パリッコとの共著に『酒の穴』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)がある。

 

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